『わたし、解体はじめました』を読んで

狩猟免許をとって実際に山に入って自ら狩りをしている女の子がいるってことを、はじめて知りました。女性には狩猟は無理だろうな、と勝手に思っていたので。

狩猟というと動物を撃ち殺すゲームのようなイメージを持っている人もいるかもしれないけれど、この本を読んだら、彼女がいかに命と真摯に向き合っているかがわかります。

ゆっくりでもいいから、暮らしの中のいろいろなことをまず自分でやってみて、自分の体で感じて、自分の頭で考えて、生きていたい。命のことを考えることも、そのうちの一つです。感覚のない人生なんてつまらない。常識や「当たり前」にとらわれずに、自分の感覚のアンテナをピンと張って、感じることをやめないで暮らしていきたい。

スーパーにならんだお肉を見て、命をいただいていると実感することは難しい。

だから食肉工場に見学に行ったり、自ら解体したり、実際に行動している人の言葉は説得力があります。

モンゴルで羊の解体に2回も立ち会ったあとでさえ、わたしはいまだに食材を無駄にしてしまったり、欲しくないのに食べすぎたり。

そんなことをしていていいのな、とあらためて考えるきっかけをもらいました。

このように、猟師として暮らせるようなビジネスができれば、若い人が猟師を職業の一つとして検討しやすくなるのかもしれません。一方で、野生肉のビジネスはすこし危険をともないます。無駄に捨てられている命を食べものとして活用できるのは素晴らしいことですが、それが一大ブームとなって、もし乱獲が始まれば、オオカミのようにあっという間にいなくなってしまうでしょう。

ビジネスが成立するのは、山の生態系があってこそ。そのバランスを保つことが大前提です。

こう考えると、結局いろいろな現状の原因の多くは、人間の過度な消費生活にあるような気がして仕方ありません。

 イノシシやシカの肉の活用の話は、わたしが農業関係の仕事に就いていたころにもよく聞いた話です。有害鳥獣捕獲で獲ったあと生かせる場所がないから、仕留めたイノシシを山に埋めている、とか。

うまく活用できればいいのに、という声はよく聞いていて、実際にじわじわとここ数年でジビエ料理を出すお店なんかが増えているような気がします。

でも、そうやって活用の道が拓けても、わたしたち人間の側が消費の意識を変えなければ、同じことの繰り返しなのかも。

 

著者の畠山千春さんが登壇されたイベントにも行ってきました。

狩猟の話がメインではなかったけれど、田舎暮らしのいろんな話が聞けて面白かったです!

 

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